横浜地方裁判所 平成9年(行ウ)10号 判決 1999年4月28日
原告
X1
原告
X2
右両名訴訟代理人弁護士
日置雅晴
同
松島暁
同
黒澤計男
被告
川崎市長髙橋清
右指定代理人
岩田光生
外八名
主文
一 X2の訴えを却下する。
二 X1の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が平成四年二月二四日A社及びB社に対し川崎市指令高建(イ)第一二号をもってした開発行為許可処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、被告がA社及びB社に対し本件処分をしたところ、当該許可に係る開発区域(以下「本件開発区域」という。)に近接する地域に居住する原告らが、本件処分の取消しを求めた事案である。
なお、差戻前第一審では、本件原告らを含む原告二二名が訴えを提起したところ、差戻前第一審は、全員につき原告適格を欠くとして訴えを却下した。これについて、本件原告ら及びCの三名が控訴したところ、差戻前の控訴審は、控訴棄却の判決をした。これについて、右三名が上告したところ、上告審は、控訴審判決中本件原告らに関する部分を破棄し、同部分につき第一審判決を取り消した上、これを第一審裁判所(当裁判所)に差し戻す旨の判決をした。また、同判決は、Cに関する訴訟部分は同人の死亡により終了した旨を宣言した。
一 基礎となる事実(証拠を掲げた箇所以外は当事者間に争いがない事実であり、証拠を掲げた箇所は主に当該証拠で認定した事実である。)
1(一) 本件処分の対象である開発行為(以下「本件開発行為」という。)の内容は、大要次のとおりである。
(1) 本件開発区域に含まれる地域の名称
別紙1「物件目録」(一)(二)記載の土地(以下「本件各土地」という。)
(2) 本件開発区域の面積 2809.81平方メートル
(3) 予定建築物等の用途 中高層共同住宅(一棟五三戸)建売分譲
(4) 工事施行者住所氏名 横浜市中区尾上町<以下略>
D社横浜支店
取締役支店長 E
(5) 工事着手予定年月日
平成三年一〇月一日
(6) 工事完了予定年月日
平成五年九月三〇日
(7) 自己の居住又は業務の用に供するものか否かの別 その他
(二) 原告らは、肩書住所地に居住する者であり、別紙2「開発区域付近現況図」のとおり、X1は、本件開発区域のがけの真上に位置する居宅に居住し、X2は、本件開発区域から南東方向へ約五〇メートルに位置する居宅に居住している(甲一〇の1、2、乙五)。
2 A社は、本件処分当時、本件各土地を所有していた。また、F銀行及びG社は、本件処分当時、本件各土地について、根抵当権の設定を受けていた(乙二三、二四)ところ、本件開発行為及びこれに関する工事につき同意している(乙二五、二六)。
3 原告らを含む二二名は、平成四年四月一八日、川崎市開発審査会に対し、本件処分の取消しを求めて審査請求をしたが、同審査会は、同年八月五日、X2ほか二名の審査請求を却下し、その余の審査請求人の審査請求を棄却する旨の裁決を行い、同月一七日、その裁決書は原告ら代理人方に送達された。
二 原告らの主張
1 都市計画法三三条一項七号違反
都市計画法(平成四年法律第八二号による改正前のもの。以下同じ。)三三条一項七号は、「開発区域内の土地が、地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地であるときは、地盤の改良、擁壁の設置等安全上必要な措置が講ぜられるように設計が定められていること」と規定し、開発行為の施行等に際しての基本的な考えを示し、都市計画法施行令(以下「施行令」という。)は、右考え方を技術的に明確にするための詳細な技術基準を規定するものである。
ところが、本件開発行為は、許可申請における計画図面上において右技術基準を満たしていたとしても(原告らはこの点については争わない。)、次に述べるとおり、前記七号の要求する安全性を現実には満たしていないので、その点を看過した本件処分は違法である。
(一) 本件開発行為は、本件開発区域においてがけを掘削して整地した後に、別紙1「物件目録」(三)記載の建物(以下「本件マンション」という。)を建築することを目的とし、掘削した垂直のがけの面は最終的には完成した本件マンションで横から支えるようにする計画である。そして、本件マンションの完成前は、右掘削によるがけの崩壊を防止する目的で土留壁を設置し、右土留壁を維持・固定するためにアースアンカー工法(壁に向かって穴をうがってセメントを注入し、鋼線を挿入後土留壁に固定する方法。以下同じ。別紙3の図面参照)による工事を実施することが予定されている。
しかしながら、本件開発区域においてアースアンカー工法による工事を実施する場合、穴の中間部分及び底部は本件開発区域の境界を越え、本件開発区域に隣接する土地に及ぶものとなる。ところが、本件開発区域に隣接する土地の所有者は本件開発行為の施行等に反対の意思を表明しており、その同意を得ることは不可能である。このように、本件開発行為は、法的には不可能な工法による工事の実施を前提とするものであるから、都市計画法三三条一項七号の要求する安全性を満たしていない。
その意味で、右同意の欠如自体が都市計画法三三条一項七号の違反事由である。
(二) 本件開発区域内及びその周辺の土地の地盤は軟弱かつすべりやすい。したがって、この点についての異なる判断を前提とした本件処分は、都市計画法三三条一項七号に違反する。
2 都市計面法三三条一項一四号違反
(一) 都市計画法三三条一項一四号は、「当該開発行為をしようとする土地若しくは当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地又はこれらの土地にある建築物その他の工作物につき当該開発行為の施行又は当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者の相当数の同意を得ていること」と規定するが、これは、当該開発行為の完遂の確実性を確認するため、開発行為の施行等により権利を害される者の相当数の同意を要求したものであると解される。そうすると、本件開発区域に隣接する土地の所有者が本件開発行為の施行等に反対の意思を表明している以上、「当該開発行為に関する工事をしようとする土地の区域内の土地」の所有者の相当数が「当該開発行為に関する工事の実施の妨げとなる権利を有する者」として右の点につき同意をしていない。したがって、本件処分は同号に違反し違法である。
(二) なお、本件取消訴訟の対象は本件処分そのものであるから、違法事由としては、原告適格の根拠となった規定についてだけでなく、それ以外の処分の要件を定める規定に反するということでもよいはずである。そこで、原告らは、違法事由として、都市計画法三三条一項七号違反だけではなく、同項一四号違反も主張する。
三 被告の主張
1 X2の原告適格の欠如(本案前の主張)
上告審の判決は、原告適格の有無を判断するにつき、原告らのそれぞれについて、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者であるか否かの審理をすべきことを求めている。
ところで、X2の肩書住所地に位置する居宅は、別紙2「開発区域付近現況図」のとおり、本件開発区域から南東方向へ約五〇メートルの位置にあり、また、本件開発区域とX2の居宅の間には、本件開発区域南端の東側の斜面中腹にある切通し様の通路を隔ててその途中に膨らむ尾根地が介在している。そうすると、仮に本件開発区域の土地ががけ崩れ等の態様をもって崩壊した場合であっても、本件開発区域の傾斜面の高さ及び向きから判断して、本件開発区域内の土砂が本件開発区域とX2の居宅の間に存在する右尾根地を越えてX2の居宅の方向へ押し寄せることは考えられない。
したがって、X2は、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者であるとはいえない。
2 都市計画法三三条一項七号適合性(本案の主張)
(一) 都市計画法三三条一項七号に規定する基準を適用するのに必要な技術的細目は政令で定めるものとされている(同条二項)。次に、同条二項を受けた施行令二八条一号ないし六号並びに都市計画法施行規則(以下「施行規則」という。)二三条及び二七条が、開発行為の許可の条件を規定する都市計画法三三条一項七号の基準を適用するについて必要な技術的細目を規定する。
本件開発行為にはこれらの基準に従った措置が講ぜられているから、本件処分は、適法である。
(二) なお、開発許可申請の審査は、開発行為によって土地の区画形質がどのように変更され、開発行為によって完成するものが都市計画法三三条一項各号の基準に適合するか否かを判断するもので、開発行為がどのような工法・手段によって行われるのか、それが可能か否かなどはそもそも審査の対象ではない。
したがって、アースアンカー工法による工事の実施が法的に不可能なことをもって都市計画法三三条一項七号違反をいう原告らの主張は、理由がない。
3 都市計画法三三条一項一四号の主張制限及びその不存在
(一) 都市計画法三三条一項一四号は、原告らの個別的利益を保護する趣旨の規定ではないから、本件処分が同号に違反するとの原告らの主張は、自己の法律上の利益に何ら関係のない違法事由を理由として本件処分の取消しを求めるものであり、行政事件訴訟法一〇条一項によって許されない。
(二) 仮に原告らが標記の規定の違反を主張できるとしても、都市計画法三三条一項一四号は、本件開発区域の土地である本件各土地の権利者の相当数の同意を問題としているところ、本件各土地の所有者は本件開発行為の許可申請者のA社であるし、その根抵当権者であるF銀行及びG社は本件開発行為及び本件開発行為に関する工事について同意をしている。
原告らが問題とする隣接する土地は右規定の対象とするところではない。したがって、本件処分は都市計画法三三条一項一四号に違反するものではない。
四 本案前の主張に対する原告らの反論
本件開発区域内の土地はがけ崩れのおそれが高く、本件開発区域においてがけ崩れが生じた場合、土砂崩れの方向は予測できるものではなく、がけの高さよりも広い範囲に崩壊した土砂が流出する可能性もある。また、X2について、その居宅だけでなく、日常生活に利用する道路などが被害を受ける可能性もある。
また、本案において具体的な被害発生の危険を判断する以上、ある程度の被害の可能性があれば原告適格を肯定すべきである。
五 本件の争点
1 原告らの原告適格の有無
2 本件開発行為の都市計画法三三条一項七号該当性の有無
3 同項一四号違反の主張の可否
4 本件開発行為の同項一四号該当性の有無
第三 争点に対する判断
一 争点1(原告らの原告適格の有無)について
1 本件において原告適格が認められる場合
行政事件訴訟法九条は、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者が原告適格を有する旨規定するが、右「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成四年九月二二日判決・民集四六巻六号五七一頁)。
本件で問題となる都市計画法三三条一項七号及び一四号について見ると、右七号及び一四号の規定の趣旨・目的、右法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮すれば、右一四号の規定は、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできないが、右七号の規定は、がけ崩れ等のおそれのない良好な都市環境の保持・形成を図るとともに、がけ崩れ等による被害が直接的に及ぶことが想定される開発区域内外の一定範囲の地域の住民の生命、身体の安全等を、個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むものと解すべきであり、本件開発区域内の土地が右七号にいう地盤の軟弱な土地、がけ崩れ又は出水のおそれが多い土地その他これらに類する土地(以下「がけ崩れのおそれが多い土地等」という。)に当たる場合には、がけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者は、当該開発許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、原告適格を有すると解される(上告審判決参照)。
そこで、(一) 本件開発区域内の土地が、がけ崩れのおそれが多い土地等に当たるか否か、(二) 原告らががけ崩れ等による直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者であるか否かについて、検討することとする。
2 本件開発区域内の土地の状況
前記基礎となる事実及び証拠(甲二の1ないし7、七、八の2、一一、乙八)によれば、本件開発行為は、別紙2「開発区域付近現況図」のとおりの勾配のある土地を、垂直に掘削して一五メートルないし二五メートルのがけを造成し、がけの底部に当たる部分に本件マンションを建築し、造成したがけの側面を本件マンションの側壁で横から支える状態にするものであること、本件開発区域内及びその周辺の土地は、宅地造成等規制法による宅地造成工事規制区域(三条一項)及び急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律による急傾斜地崩壊危険区域(三条一項)に指定されていること、昭和三三年九月二六日、台風二二号の通過時の豪雨の際、本件開発区域の近隣である川崎市下作延<番地略>において、二棟の家屋ががけ崩れによって埋まり、三名が死亡、四名が重傷を負う事故が発生していることを認めることができる。
このことからすれば、本件開発区域内の土地は、がけ崩れのおそれが多い土地等に当たる。
3 原告らの居住地と本件開発行為による影響の有無
(一) 前記基礎となる事実及び証拠(乙五)によれば、X1の居宅は、別紙2「開発区域付近現況図」のとおり、本件開発区域のがけの真上に位置しており、前記2の認定事実を併せて考慮すれば、がけ崩れ等によってその居宅に危険が生じ得ることから、X1は、生命身体に直接的な被害を受けることが予想される範囲の地域に居住する者であるといえる。
よって、X1については、原告適格を認めることができる。
(二) 次に、前記基礎となる事実及び証拠(乙五)によれば、X2の居宅は、別紙2「開発区域付近現況図」のとおり、本件開発区域から南東方向へ約五〇メートルに位置し、右居宅と本件開発区域との間には、本件開発区域南端の東側の斜面中腹に切通し様の通路を隔て、途中に膨らむ尾根地が介在していることが認められる。そして、本件開発行為によって造成されるがけの高さは一五メートルないし二五メートルであること、本件マンションは、右がけの底部に当たる部分に建築され、造成したがけの側面は、本件マンションの側壁で横から支える状態にするものであることは前示のとおりであるから、本件開発区域とX2の居宅までの右距離とがけの高さ及び地形からすれば、本件開発区域内の土地ががけ崩れのおそれの多い土地等に当たるとの前記2の判断を前提としても、がけ崩れによる土砂が、本件開発区域とX2の居宅の間に存在する尾根地を越えてX2の居宅の方向へ押し寄せるというまでの事態の発生はまず考えられないし、本件全証拠及び弁論の全趣旨に照らして見ても、本件開発区域内におけるがけ崩れが、X2の居宅上部のがけに影響を及ぼす可能性は認められない。
ところで、証拠(甲七)によれば、本件開発区域の直下に道が通っていることから、本件開発区域内でがけ崩れが生じた際にX2が本件開発区域直下の右の道を通りかかった場合、その生命身体に危険が生じる可能性があることは確かである。しかしながら、前記のような都市計画法三三条一項七号の規定の趣旨・目的、右法規が保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮すれば、特段の事情のない限り、同号の規定は、右のように開発区域の直下を通りかかった場合にその生命身体に被害が及ぶことが想定される者の利益を、その個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むとは解することはできず、本件においては、右のような特段の事情を認めることもできない。
原告らは、X1に原告適格が認められるのであれば、X1と共に原告となっているX2についても原告適格を肯定すべきであると主張するが、行政事件訴訟法九条は訴訟を提起する各人について法律上の利益を要求しているものと解されるから、原告らの右主張は採用することができない。
以上から、X2については、原告適格は認められない。
二 争点2(本件開発行為の都市計画法三三条一項七号該当性の有無)について
1 都市計画法三三条一項七号の趣旨
都市計画法三三条二項の規定を受け、施行令二八条一号ないし六号並びに施行規則二三条及び二七条は、都市計画法三三条一項七号の基準に関する技術的細目を規定する。また、建設省建設経済局は、開発事業に伴う防災措置に関する基本的な考え方や具体的な手法等を体系的にとりまとめ、「宅地防災マニュアル」(乙一一。以下「宅地防災マニュアル」という。)を作成し、通達(平成元年七月六日建設省経民発第二四号・建設省建設経済局長から都道府県知事、政令指定都市の長あて)によって、開発事業の審査に当たってこれを参考にすべきものとした。さらに、川崎市は、開発許可申請の審査の効率化及び確実化を図るため、法令の要求する技術的細目をすべて満たした設計として、「宅地造成に関する工事の技術指針」(乙一九。以下「技術指針」という。)を定めた。このように、これらの施行令、施行規則、宅地防災マニュアル及び技術指針(以下、これらを「施行令等」という。)は、いずれも都市計画法三三条二項の規定を根拠に、同条一項各号の規定を具体化するものとして規定・作成されたものである。
したがって、施行令等の技術的細目を満たしていれば、特段の事情がない限り、都市計画法三三条一項七号所定の安全性を満たすものということができる。そして、本件開発行為が施行令等の技術的細目を満たしている点についてX1は争わない旨を述べる。
そこで、特段の事情があるかどうかを検討する。
2 原告らの主張について
(一) 不可能な工事を前提とすることの問題
原告らは、「本件においては本件開発区域に隣接する土地の所有者が本件開発行為の施行等に反対の意思を表明しているため、本件開発行為は、法的には不可能な工法による工事の実施を前提とするものであるから、都市計画法三三条一項七号の要求する安全性を満たしていない。」と主張する。そこで、原告適格のあるX1の主張として、これを検討する。
開発行為の許可制度は、「都市計画の内容及びその決定手続、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し必要な事項を定めることにより、都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与する」という都市計画法一条の目的を受け、市街化区域及び市街化調整区域の制度を担保する措置として、又は宅地造成に一定の水準を確保するための手段として、置かれているものである。このことからすれば、都市計画法がその規制内容としているものは、開発行為の過程ではなく、開発行為の結果としての土地の区画形質の変更の状況であるといわなければならない。また、開発行為の許可のような行政機関による私人の行為に対する監督の制度は、公共的観点から定められた行政規制適合性を判断することとする場合が多く、その場合には、特段の規定がない限り、私人の私法上の権利の有無や法的地位を審査することなく、許否が決せられるものである。そのようしても、申請者が私法上の権原を取得できなければ、開発許可を取得しても許可に係る行為を実行に移せず許可が無意味となるだけであるから、私法上の権原の取得の有無を許可の審査に際し許可要件としない制度によっても、現実的な不都合は生じない。本件でも、隣接する土地の所有者がアースアンカー工法による工事の実施に同意しない限り本件開発行為は実現しないのであり、本件マンション建設に反対する原告らの意向は現実的に満たされるわけである。
そうすると、開発行為の結果としての土地の区画形質の変更の状況が都市計画法の定める一定の基準を満たしている場合には、都道府県知事としては、かかる開発行為が法律上又は事実上可能であるか否かを問わず、開発許可をしなければならないと解するのが相当である。したがって、X1の(一)冒頭の主張は理由がない。
なお、都市計画法三三条一項一四号の問題として同意の有無がどう扱われるかについては、後に検討する。
(二) 本件開発区域内及びその周辺の土地の地盤の軟弱性
また、原告らは、標記の主張をするので、これを原告適格のあるX1の主張として、検討する。
本件開発行為が施行令等の技術的細目を満たしていることは前記説示のとおりであるところ、開発行為が施行令等の技術的細目を満たしていることは、開発行為が右七号の要求する安全性を満たしているか否かを判断するに当たっての重要な要素と位置付けられる。そして、施行令等の技術的細目を満たしている本件開発区域内及びその周辺の土地の地盤が軟弱かつすべりやすいものであるとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
以上のとおり、特段の事情がないので、X1の冒頭の主張は理由がない。
3 まとめ
したがって、本件開発行為は都市計画法三三条一項七号に違反するものではない。
三 争点3(都市計画法三三条一項一四号違反の主張の可否)について
取消訴訟は、原告との関わりを離れて広く違法な処分の是正を図ることを目的とするというものではなく、違法な処分によって侵害された原告の権利利益を救済するための訴訟であることから、行政事件訴訟法一〇条一項は、原告が自己の法律上の利益に関係のない違法を取消しの理由として主張することができない旨規定している。そして、右にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」とは、行政庁の処分に存する違法のうち、原告の権利利益を保護する趣旨で設けられたのではない法規に違反した違法を意味するものと解される。
ところで、都市計画法三三条一項一四号は、開発許可を受けた者が開発区域等について私法上の権原を取得しない限り開発行為等をすることができないから、開発行為の施行等につき相当程度の見込みがあることを許可の要件とすることにより、無意味な結果となる開発許可の申請をあらかじめ制限することとしたものと解され、開発許可をすることは、右の権利に何ら影響を及ぼすものではない。したがって、右規定が右の権利者個々人の権利を保護する趣旨を含むものと解することはできない(上告審判決)。そうとするならば、都市計画法三三条一項一四号に違反する事実があっても、それは、原告の権利利益を保護する趣旨で設けられたものではない法規に違反する事実があるというにすぎず、X1は、前記行政事件訴訟法一〇条一項により、右規定違反の事実を、取消しの理由として主張することはできない。
よって、X1による都市計画法三三条一項一四号違反の主張は、その余の点(争点4―本件開発行為の都市計画法三三条一項一四号該当性の有無)について判断するまでもなく、理由がない。
四 結論
以上の次第であり、X2の訴えは不適法であるから却下し、X1の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官近藤壽邦 裁判官弘中聡浩)
別紙2
別紙3
別紙1 物件目録<省略>